アスパラサラダ 「だから要らぬと言っているだろう!」

腹立たしさを露にする導師の口調に、詰め寄っていた大臣の面々が冷や汗を浮かべて、その足を後方へ一歩引いた。オートザムとの強力体勢を報告する会合が終了した直後、手を上げた大臣に溜息を吐いた。またあの話か、そう目の前に置かれたグラスに手をつける。大臣達も良く飽きないものだ。何度断られても諦めないその努力はもはや賞賛に値する。

「しかし導師!あなたの魔力を後世に残すことはこのセフィーロにとって大切なことですぞ!」

おお、今日は大臣も引かないな。

「どうか導師、お妃をお迎えになってください。そしてお世継ぎを!」
「だからー!要らぬとっ!」
「導師、どうどう。ちょっと落ち着いてください。」

大臣に掴み掛かりそうな彼の袖を引いて、小さな体を力任せに椅子に戻す。ギラリ、すごい睨みを利かされたが気づかない振りをした。

「王子、まさかあなたまで彼らに着くつもりですか。」
「中立でありたいですね。あなたを敵に廻すほど愚かではありませんよ。」

とは言え、導師を止めたのは俺が大臣の意見を100%どうでも良いと思っていないからだ。彼らの言うことにも一理ある。
セフィーロが平和になって以降、魔法を使える者はその力を持て余している。かつては弟子を持っていた導師も、弟子教育にはご無沙汰だし、彼から魔法を授かった者の数も減った。ザガートやアルシオーネはもうこの世にいない。それに、ランティスといえば相変わらずの放浪者だし、弟子を取って後世の人材を育てるなんて面倒なこと、あの男は今後もしないだろう。


今は平和だ。
隣国との調律も取れている。

だが、戦いが二度と起こらないとは限らない。その時、起こる闘争を止められるのは魔法という力だけだ。闘い方を知らないセフィーロの人々を護るために、魔法を使える者は多ければ多いほうが良い。





「だからと言って・・・大臣このリストは一体なんです?」
「何ってもちろんお妃候補のリストですよ。部下に13日かけて作らせました。こうなったら導師にはお見合いしていただきます。」
「そんな時間はない。」
「ないのなら作って頂きます。」
「だーかーらぁ!!」

これでは振り出しに戻っただけじゃないか。また立ち上がり、眉間に青筋を浮かべる導師はリストを俺の手から奪い取って大臣につき返した。そしてそのまま物凄く黒いオーラを背負って部屋を出て行く。どす黒いオーラにヒラヒラと手を振って、床に散らばったリストの中から一枚拾い上げる。

「・・・。宮廷の女は全員対象というわけですか。」

たまたま拾い上げた紙にプレセアの名前が書かれていたことに呆ける。しかも、絵師が描いた似顔絵つきだ。まさかこのリストに公費は割いていないだろうな、そんな疑問が頭を通過していく。これはどうやら大臣たちも相当焦っているらしい。それにしてもこの候補者の山。宮中どころか、この国の独身女性全員をリストアップしたかのような紙の量に目を通すだけで気が遠くなりそうだ。

「フェリオ王子!どうか王子からも導師に一言仰っては下さりませんか?我々は国のためを思っているだけなのです。」
「俺が言わなくても、皆さんが国の事を考えた上で提案されていることは導師もお解かりだと思いますよ。ただ、好きでもない人間といきなり結婚しろと言われてもあの導師ですから。そう簡単には、ねぇ。」
「私達は心配なのです。あの方は昔から仕事ばかりで、そういったことに免疫がないから恋の一つも始められないのでは、と。」


何百歳も年下の大臣にそんな風に心配されては立場もないな。

さて、こんな時姉上だったらどうやって対処したものだろう。






















「わ、私の名前があったですって!?」

「ああ。導師ご存知でしたか?」

「知るもなにもあの書面には目を通していない。」

たまたまその夜は前々から皆で呑もうと約束していた夜で、大臣が騒がしいことを耳にしたランティスが『何があったんだ。』と振ってきた質問に、会話が城下町の美味い店から今日の見合いリストの話に切り替わった。リストにプレセアの名前を見つけたことを話せば、呑んでいた酒を咳き込ませた彼女は、衝撃報告に白目を向いている。そして話の主役、導師クレフはこの話に話題が切り替わってからありえない量の酒を口に運んでいた。

「見合いなど冗談ではない。」

「やるだけやって断ってはどうですか?まずは行動に移さないと大臣達はきっと引き下がりませんよ。どうだ、プレセア。お前なら話を合わせられるだろう。」

「なッ!私の様な者が導師とお見合いなんてとんでもございません!」

「カルディナ、お前はどうだ?」

「堪忍してな。それにウチは独身じゃないんよ。なぁラファーガ?」

「でも、導師が命じたらラファーガもカルディナを離さずにはいられないだろうな。」

「王子、お言葉が過ぎています。」

「ああ、悪い。」



「・・・今のはつまりどういうことなの?」

グラスを片手に俺たちの会話に耳を傾けていたウミが首を傾げて問う。国の体勢と各々の地位を身を持って感じたことの無い彼女にはなかなか理解できない話だ。眉間を寄らせ、難しい顔をしているのも頷ける。

「導師が本気で女がほしいと思われたら、相手が既婚者だろうがその者を自分の者にできるということだ。それほどに、導師と言う地位は政の中で絶対だからな。抵抗すれば、そこで人生終了だ。」

「でもそれは職権乱用です。」
間髪言うプレセアはピシャリ、正論を口にした。

「ああ、だから俺たちは『導師』がこのクレフという人間であることを感謝している。この方は己の利欲のためにその権力を使ったりしないから。だがそんな国の重要人物、しかもま魔道のトップに立つクレフだからこそ『跡継ぎがいない』という未来の不安に大臣達は駆られている。無理の無いことだよ。優秀な人材は残さなければならない。それには俺も賛成だ。」


「大変ね、クレフ。」
ジッーと心配そうに導師を凝視するウミは全く持って的外れな発言。『お見合いなんてしないでクレフ!』『私がいるじゃない!!』そんな言葉を俺たちは期待しているのに。

「何だ、随分他人事だな。私がいなくなってもいいのか、ん?」

酒の廻った導師が、今日は突っかかる。隣に座るウミに詰め寄るクレフがもうただの呑んだくれにしか見えなくなってきた。

「そ、そんなことは言ってないわ。でも政治って大変なのね、って言いたかっただけで・・・。」
たじろぐウミに、腕を椅子にかけてヒック、と肩を上下させるこの国の導師。こんな姿、一般人に見せられたら死活問題。



「めんどくさくなってきた。」

ボソリと一言漏らしたクレフは首を後ろに下げて椅子に凭れ掛かる。頬がやや赤い。虚ろな瞳は満点の空に向かっていて、相変わらず酒瓶を手に持っている。

「もう、そろそろ公表しよう。ああ、そうする。」

「本当ですよ。大体、ちゃんと大臣達にウミとの仲を伝えておけばこんな話にならなくて済んだんです。俺たちは導師、あなたに恋人がいて、跡継ぎのことを考えていらっしゃることを知っている。しかし彼らは何も知らない。あんなリストを用意されても文句は言えません。」

「言っておきますが、黙っていろと言ったのはウミです。私の意志じゃない。」

話を振られたウミが、表情を濁す。

「だって。私みたいなのがこの国の一番偉い人と・・・導師と一緒なんて周りの人達に知られたらクレフの立場が危うくなるかなって。」



「要らない心配だ。」


私を誰だと思ってる、そんな風に自信を持って言えるのは紛れもなく『彼』だから。ウミの長い髪に手を掛ける導師に、頬を染める彼女。もう、俺たち邪魔者はそろそろ退散した方がいい気がする。部屋の、この2人の雰囲気がおかしくなってきた。

「他人に紹介できない娘ならば、初めから傍に置こうとなど思わない。自慢の恋人を自分のものだと言えないのは、なかなか辛いんだがな。」

「・・・迷惑が掛からないのなら黙っておく必要はないわ。今まで口止めなんてしてごめんなさい、クレフ。・・・て、きゃぁ。」

「もう今日はここで寝る。」

「な、ダメよ!それより離して、みんないるのよ!」

「嬉しくないの?今日も頑張って働いたのに、ご褒美くれないの?」


ウミに腕を廻す、この男性。
もう酔いすぎてて、行動が危なすぎる。


「さ、みんなそろそろ・・・我々は戻ろうか。」
「そやね。」
「賛成だ。」

付き合ってられないと、ガタガタと一斉に椅子を引き一目散に退散しようとする俺たちと、部屋に残されたこのカップル。

「そういえば王子。」

ウミの頬に何度もキスしながら、酔っ払いが可笑しそうに向けてきた視線が俺を射る。

「実は先週も見合いリストの第一弾を大臣から受け取っていてね。」
「・・・はぁ。」
「その中に、フウの名前がありましたよ。」

「っはぁ!?!?」
「え、そうなの?!」
導師の腕の中で、ウミが声を上げた。心配そうに導師を見上げるあどけなく心配そうな彼女の額にキスを落として、肌を寄せるこの男。色気がまるで700を超えているとは思えない。



「王子あなたも、フウを離しませんように。」

そしてシッシッ、手を払って早く出て行けと促す導師に苦虫を潰した表情を見せて、ポツリ、一人で出た廊下。



「あの大臣!!!!!!俺のフウを導師に、なんて!勝手にどうゆうつもりだー!!!」

久しぶりに腹から大声を上げた勢いと、フウが導師に貰われていく図の想像で、呑んだ酒が戻ってしまいそうだった。